科学技術論文の書き方
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日本語文法上の問題
基本の文体
日本語の文体には,
文末の述語となる助動詞に応じて,
- でございます調 (特別敬体; 謙遜体)
- でいらっしゃいます調 (特別敬体; 尊敬体)
- です-ます調 (敬体)
- である調 (常体)
- だ調 (常体)
- であります調
- ござる調
などがある.
「候 (そうろう)」に代表される日本語古文に対して,明治後期の言文一致運動により様々な文体が創作された.
現代口語文では,です-ます調は「敬体」,である調は「常体」と分類される.
具体的には,それぞれ次のように文が終了する.
です-ます調 (敬体) (c.f. 山田美妙)
名詞(句) +「です/ではありません」 | 例) A は B です/ではありません.きれいです/ではありません. |
動詞・助動詞の連用形 +「ます/ません」 | 例) 書きます.代入します. |
動詞・助動詞の連用形 +「なさい」 | 例) 書きなさい.代入しなさい. |
動詞・助動詞の連体形 + 準体言「の」+「です」 | 例) 書くのです.代入するのです. |
形容詞の連体形 + 準体言「の」+「です」 | 例) 早いのです. |
である調 (常体) (c.f. 尾崎紅葉)
名詞(句) + 「である/でない」 | 例) A は B である/でない.きれいである/でない. |
動詞・助動詞の終止形 | 例) 書く.代入する. |
動詞・助動詞の未然形+「ない」 | 例) 書かない.代入しない. |
動詞・助動詞の命令形 | 例) 書け.代入せよ. |
形容詞の終止形 | 例) 早い. |
だ調 (常体) (c.f. 二葉亭四迷)
名詞(句) + 「だ/でない」 | 例) A は B だ/でない.きれいだ/でない. |
動詞・助動詞の終止形 | 例) 書く.代入する. |
動詞・助動詞の未然形+「ない」 | 例) 書かない.代入しない. |
動詞・助動詞の命令形 | 例) 書け.代入せよ. |
形容詞の終止形 | 例) 早い. |
(なお,本文筆者は日本語文法において形容動詞の存在を否定する)
さて,みなさんは以下のどれが論文として相応しいと思うだろうか?
この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立つ.
また,補題 4, 5 により加法零元と加法逆元が存在する.
さらに補題 6 により分配律が成り立つのでこの代数系は環である.
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この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3 により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立ちます.
また,補題 4, 5 加法零元と加法逆元が存在します.
さらに補題 6により分配律が成り立ちますのでこの代数系は環です.
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この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3 により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立つ.
また,補題 4, 5 加法零元と加法逆元が存在する.
さらに補題 6 により分配律が成り立つのでこの代数系は環だ.
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この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立つのでございます.
また,補題 4, 5 により加法零元と加法逆元が存在するのでございます.
さらに補題 6 により分配律が成り立つのでございますのでこの代数系は環でございます.
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現代日本語口語文の常体である,「です-ます調」は親近感,あるいは優しい感じ,相手を敬う気持ち,などを読者に与える.
著者として,読者を敬う気持ちは禁止されるものではないが,
自然科学文書の表現手段として敬いや謙遜の気持ちを表すことは全く不要である.
したがって,
ゼミレポート,実験レポート等を含めて自然科学の文章,学術論文として相応しいのは「である調」である.
なんど言っても「敬体 - です-ます調」で書く学生が後を絶たない.
「だ調」も「である調」の一部であるが,「だ調」の使用もやめよう.
<良くあるミス(敬体と常体の混在):
- × ・・・・ですので,・・・・である. (文末以外にも注意せよ)
- ○ ・・・・であるので,・・・・である.
- × ・・・・だが,・・・・である. (文末以外にも注意せよ)
- ○ ・・・・であるが,・・・・である.
注: この項とは直接関係ないが,
本文筆者は氾濫する「形容詞の終止形 + です」は容認しがたい.
これが国語審議会で決まった後の生まれなんだが...
もし,「形容詞の終止形 + です」が許されるなら,
「形容詞の終止形 + だ」も許されることとなってしまう.
そうなると,
- × 美味しいです. 美味しいだ. 美味しいである.
- × 早いです. 早いだ. 早いである.
なんていう言葉が可能となってしまう.(いや,方言にはありそうだ...)
本来は,形容詞連体形「美味しい」+準体言「の」+助動詞「です」,「美味しゅう/早う」+「ございます」のように使用されるべきである.
どこかで「きれいだ.」は可能なのになぜ「美しいだ.」が不可なのか,
と話題になっていたが,この問題は単純であり,「きれい」が,形容詞なのではなく,
名詞+「だ」ということだけのことである.
- × このCPUは速いです.
- △ このCPUは速うございます. (文法的にはこれが正しいが論文には不向き)
- △ これは速いCPUです. (論文には不向き; 敬体はダメ)
- ○ これは速いCPUである. (これでよい; 常体)
- × これは速いCPUだ. (常体だけどダメ)
- ○ このCPUは速い. (形容詞の終止形止め,論文にはこれでもよい)
二番目の例のように,「形容詞の連用形 + ございます」が日本語文法としては正しい.
しかし,論文には(4), (6) を使用しよう.
c.f.
敬語の使用
敬語は,尊敬語・謙譲語・丁重語・丁寧語等からなる.
ここでは,敬語でない言葉を普通語ということにする.
さて,敬体と敬語は同じ概念ではない.
- 天皇陛下がメールを送信した. (常体+普通語)
- 天皇陛下がメールを送信しました. (敬体+普通語)
- 天皇陛下がメールを送信なさった. (常体+尊敬語)
- 天皇陛下がメールを送信なさいました.(敬体+尊敬語)
- 天皇陛下がメールを送信された. (常体+尊敬語)
- 天皇陛下がメールを送信されました. (敬体+普通語)
- 天皇陛下にメールを差し上げた. (常体+謙譲語)
- 天皇陛下にメールを差し上げました. (敬体+謙譲語)
敬体・常体の違いは,主として書き手・読み手と読み手・聞き手の関係に起因するものであるのに対し,
普通語・尊敬語・謙譲語の違いは,主として書き手・読み手と動作の主体との関係に起因するものである.
wikipedia では敬体と敬語を混同しているが分けられるものであると筆者は思っている.
また,例えば「天皇陛下がメールを送信された.」では,
「された」が受身の表現なのか,尊敬語の表現なのかはその文のみでは確定できず多義性を持ち曖昧な文であるので避けなくてはならない.
くどくど書いたが,大事なことは,学術論文では敬体も敬語も不要である,ということである.
体言止め
体言止めは,使用する場所を選べば非常に良い表現である.
その利点は,
- 簡潔性: 簡潔で書き手・読み手ともに間違いが僅少
- 可読性: 余分な文字を排除することによる読みやすさ
- 視覚効果: 見た目に単純でメリハリがあることも読者には重要
といったところか(この箇条書きでも体言止めを使用していることに注意!).
体言止めは文法上は名詞句・名詞節であり,単独の文章としての体裁を持たない.
このため,列挙する要素としては使用可能であるが文章の集合としての本文等での使用には適さない.
体言止めは,本文・アブストラクトで使用してはならない.
本文ではないので,箇条書き等で体言止めの直後に句読点(.)は不要である.
体言止めを使用して良い場所:
- タイトル,章節項タイトル,項目列挙
論文表題:
GaAs素子による低NF増幅器の一構成法
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v.s. |
論文表題:
GaAs素子によって低NF増幅器の一構成法を提案する
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第三章 実験と考察
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v.s. |
第三章 実験と考察を述べる
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- 箇条書き
さて,生物は次のように2種類に分類される.
移動するかどうかは珊瑚やミドリムシのような例があるのでその分類の本質ではない.
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v.s. |
さて,生物は次のように2種類に分類される.
- 光合成を行う生物を植物という.
- 光合成を行わない生物を動物という.
移動するかどうかは珊瑚やミドリムシのような例があるのでその分類の本質ではない.
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- 図・表の中
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体言止めを使用していけない場所:
- 本文 (箇条書き以外),アブストラクト
最近の為替相場における外貨の暴落は甚だしい.
特にUSドル,EUROなど.
これらの通貨は日本円と同様,世界の機軸通貨であるので各中央銀行には安定した為替施策が望まれる.
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v.s. |
最近の為替相場における外貨の暴落は甚だしい.
USドル,EUROなどがその典型例である.
これらの通貨は日本円と同様,世界の機軸通貨であるので各中央銀行には安定した為替施策が望まれる.
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本文に体言止めがあると,小学校の校長先生のスピーチのように語尾がゴニョゴニョ...と同じで語尾が無いために何が言いたいのか自明ではない.
このような文を先入観無しに読むと「特にUSドル,EUROなど.がどうしたんだ!」となるのである.
それを暴落に繋げるのは自明ではなく著者からの読者への押しつけである.
SVO型構文の英語と異なり,SOV型構文を持つ日本語では語尾の述語は大切な意義を持つのである.
口語的表現を使わない
ふだん口にしている言葉(口語表現)をそのまま文章にしてはいけない.
論文としての格調,品位を著しく損なう.
特に接続詞.
かといって,文語体を使用する必要はない.
接続詞・接続助詞
- × だから
→ ○ 従って,すなわち
- × なので
→ ○ であるので
- × だけど
→ ○ であるが
動詞・助動詞
- × 使う.(ワ行五段活用動詞) e.g. 試料 A を使って...
→ ○ 用いる,使用する,利用する
- × やる.(ラ行五段活用動詞) e.g. 実験をやった.
→ ○ 行った,実行した,遂行した (どれでも良い訳ではない)
- × 決める.(マ行下一段活用動詞) e.g. 更新規則を決めた.
→ ○ 決定した,定めた,定義した (どれでも良い訳ではない)
- × 撮った.(ラ行五段活用動詞) e.g. 画像を撮った.
→ ○ 撮影した,撮像した (どれでも良い訳ではない)
- × 上がった/下がった.(ラ行五段活用動詞) e.g. 気温が上がった/下がった.
→ ○ 上昇した/下降・低下した
- × 漏れた.(ラ行下一段活用動詞) e.g. 磁束が筐体外部に漏れた.
→ ○ 漏洩した
副詞(形容動詞連用形)
形容詞・形容動詞
- × いい
→ ○ よい (良い)
- × でかい
→ ○ 大きい / 大きな
- × ちっちゃい / ちっちゃな
→ ○ 小さい / 小さな
- × いろいろな
→ ○ 様々な,種々の
- × みたいな
→ ○ のような
擬音語・擬態語
使用しないこと.全く意味がない.
- × むくむくと大きくなった.
- × ウィーンと回転し始めた.
名詞の勝手な動詞的用法
- × 最小二乗法をした
→ ○ 最小二乗法で決定した
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